【アメリカの過去】と【親切】のおはなし / 「ジェイルバード」
「愛は負けても、親切は勝つ」
ヴォネガット9冊目の長編小説。1979年出版。
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1913年アメリカで生まれたあるひとりの男の物語、男の名はウォルター・F・ スターバック。ハーヴァード大学、連邦政府、結婚、共産主義者であった過去、ウォーターゲート事件、刑務所、心から愛した4人の女性、友との再会、そして、親切、これらが、例えるならばこの物語の登場人物たちである。
アメリカの過去には、決して葬りさられることがあってはならない物語があるとヴォネガットはこの物語で伝えたかったのかもしれません。
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主人公ウォルターが、28年ぶりにリーランド・クルーズと偶然にニューヨークの通りで再会する場面があります。この場面、とっても大好きなところです。
一度はお互いが視線を合わせるが知らん振りをして通り過ぎるものの、ウォルターは思い切ってうしろを振り返ります。そのときクルーズはもうすでにこちらに向直っていました。通りを挟んでお互いがお互いを認識しあいます。そう「われわれは何年か前に、なにかのばか騒ぎ、なにかの子供っぽいいたずらに関わりあったことがある、と」いう具合にですね。このときのリーランド・クルーズの一連の表情・しぐさがとっても感傷的でさえあります。この小説を映画にしたとしたら物語のピーク、山場になる場面がまさにこの再会の場面になると思います。そしてスローモーションによる効果付けがここでの演出にピッタリなのでは。うんうん、この小説を映画にしたらきっと面白いと思うのですが。
さて、それはともかく皆さんはどの場面が印象に残りましたか?
ウォルター・F・ スターバックの生い立ちを年表的にまとめてみました。読者の手引きとして参考になればさいわいです。
ウォルター・F・ スターバックの生い立ち
1913年
アレクザンダー・ハミルトン・マッコーンのお屋敷で生まれる
10歳の頃、苗字がスタンキーウィッツからスターバックに変わる。
1931年
ハーヴァード大学に入学
セーラー・ワイアットとホテル・アラパホーのレストランでディナー
3年生の時から急進的な活動を行うようになり、共産主義者となる。
・青年共産同盟ハーヴァード支部共同議長
・急進的な週刊誌<ベイ・ステート・プログレッシヴ>共同議長
1934年
メアリー・キャスリーン・オルーニーと出会う
1935年
アレクザンダー・ハミルトン・マッコーンに共産主義者になってたことがばれてしまい見放される
メアリー・キャスリーン・オルーニーとケネス・ホイッスラーの演説を聞きにいく
オックスフォード大学のローズ奨学金を得る。そのオックスフォード大学時代にリーランド・クルーズと知り合う
1938年
連邦政府農務省に就職。ときの大統領はフランクリン・デラノ・ルーズベルト
1939年
ヒトラーとスターリンが不可侵条約を結んだことから、共産主義者をやめ、資本主義デモクラシーの用心深い信奉者に逆戻りする。
1945年
国防省の仕事で派遣されたドイツ・ニュルンベルクでルースと出会う。
1946年
結婚(10月15日)、子供生まれる(恩知らずな息子)
1949年
ワシントンDC に戻る
下院委員会で共産主義者との過去の交際や、合衆国に対する忠誠度についてカリフォルニア州選出リチャード・M・ニクソン下院議員から質問を受ける。この様子はラジオで流れ、またその時のウォルターの証言でリーランド・クルーズを破滅に追いやってしまうことになる。リーランド・クルーズはその後刑務所行きとなった。
1953年
連邦政府をクビになる
1970年
ニクソン大統領のもとで青少年問題に関する大統領特別顧問に就く。年棒3万6千ドル。
1974年
妻ルースが心不全で亡くなる。
1975年
逮捕、刑務所
"ウォーターゲート"という名で知られているアメリカの政治的スキャンダルで、自分なりにばかばかしい一役を買ったためである。
刑期中にバーテンダーの通信教育講座を受講し、バーテンダー学位取得。
1977年
刑務所釈放
釈放後ニューヨークに行き、ホテル・アラパホーに泊まる
リーランド・クルーズと再会する
そして彼の妻であり、ウォルターがハーヴァード大学一年生の時にアレクザンダー・ハミルトン・マッコーンの計画に則ってホテル・アラパホーのレストランに連れて行ったセーラー・クルーズ(旧姓ワイアット)との再会
メアリー・キャスリーン・オルーニーと再会する
RAMJACコーポレーション ダウンホーム・レコード部門営業担当副社長に就く
1979年
ウォルター再び囚人(ジェイルバード)となる。
「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」に続けて読むときっと面白さと感動、そしてやさしさが倍増です。きっと。
「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」については、こちら
きみがもしヒューマニストになりたければ、まずはこの小説を読んだら良い。