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ヴォネガットの小説を楽しむためには欠かせない一冊 / 「チャンピョンたちの朝食」

1973年発表のヴォネガット7作目の長編小説。

 ヴォネガットの小説を楽しむためには欠かせない一冊ではないでしょうか!

チャンピオンたちの朝食

チャンピオンたちの朝食

 

 

どんなおはなしですか?

 

これまでに117冊の長編と2000もの短編を書いてきたにもかかわらずまったく無名でうだつのあがらないSF作家キルゴア・トラウト。彼がまずこの物語の主人公です。

もう一人の主人公は、ドウェイン・フーバー。ミッドランド・シティに住む自動車ポンティアックの販売業者。彼は「べらぼうに羽振りがよい」。ただ発狂の一歩手前でした。

まったく無名なキルゴア・トラウトにもたった一人ファンがいました。彼の名前はエリオット・ローズウォーター。エキセントリックな百万長者です。彼の進言でキルゴア・トラウトはアメリカ中西部の町ミッドランド・シティで開かれるアート・フェスティバルに招待をされます。そこでトラウトはヒッチハイクをしながらミッドランド・シティに向かうのでありました。

そして、そのアート・フェスティバルが開かれるミッドランド・シティで、キルゴア・トラウトとドウエイン・フーバーとは出会います。

ざっくり物語りはこのように流れていきます。

こちらも参考に。

「チャンピョンたちの朝食」の登場人物たち - ブーフーとブールーのあいだ

 

 

ここが読みどころ!

 わたくし的に「チャンピョンたちの朝食」の読みどころをまとめてみますと、

 

その1 キルゴア・トラウトヒッチハイクをしながらミッドランド・シティに向かう物語のながれはさながらヴォネガット流ロードムーヴィ!プルートー冥王星)ギャングに襲われたり、ヒッチハイクで乗せてもらった運転手とのかみ合っているようでかみ合ってなさそうな滑稽で皮肉まじりの会話などなどがこれでもかとたたみ掛けて来ます。


その2 ミッドランド・シティに住む個性的な登場人物たちが愛おしい!
週末になると女装をして楽しむ隠れた趣味を持つポンティアック自動車販売会社の部長ハリー・ルセイバー。
ボニー・マクマオンには人生の目的がふたつある。ひとつは、夫がシェパーズタウンの洗車場につぎこんでなくした金をそっくり取り戻すこと。もうひとつは、自分の車の前輪をスチール・ラジアルコード・タイヤに代えること。そのために彼女はカクテル・ラウンジのウエートレスとして働いている。などなど。


その3 ヴォネガット自筆のイラストがたくさん掲載されていて物語の理解をおもしろおかしく助けてくれます。


その4 ヴォネガットのいくつかの小説のなかででてくる架空のSF作家キルゴア・トラウトの作品が、たくさん紹介されていてキルゴア・トラウトファンにはたまらない!

その5 これでもかというぐらい皮肉を交えて筆者ヴォネガットは、自分たちの住んでいる国、この物語の登場人物たちの住んでいる国であるアメリカという国のことを私たちに教えてくれてます。アメリカのことを知りたかったらこの小説を読んでみるのも一興!

たとえば、

これがその国の国歌だが、まあ、たわごともいいところである。

 

彼らの国はその惑星で抜群に金持ちで強力な国だった。食糧と鉱物資源と機械をほとんどひとり占めにうた上、大きなロケットを打ち込むぞとか、飛行機からいろいろな物を落とすぞとか、ほかの国をおどしつけて、言うなりにさせていた。

 などなど。

 

 

ヴォネガットの小説を楽しむためには欠かせない一冊!


「チャンピョンたちの朝食」の中ででてくる架空のSF作家キルゴア・トラウト、そしてトラウトの大ファンであるエリオット・ローズウォーターは、すでに「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」という作品のなかででてきた登場人物でもありました。そのときはエリオット・ローズウォーターが大フューチャーされた物語でありましたが、今回の物語では、ローズウォーターはどちらかというと脇役にまわり、キルゴア・トラウトが主人公となって登場しています。キルゴア・トラウトファンにとってはたまりません!そのたまらなさを体感するためには先に「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」を読んでから「チャンピョンたちの朝食」を読むのがおススメすよ!私的には。

「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」についてはこちらもご覧ください。

きみがもしヒューマニストになりたければ、まずはこの小説を読んだら良い。 - ブーフーとブールーのあいだ


また、後に発表される「デットアイディック」という小説の中では、こんどはアートフェスティバルが開かれたミッドランドシティが物語の舞台となります。ということは、ドウェインもでてくるし、フレッド・T・バリーも出てきます。「デットアイディック」を読む前には「チャンピョンたちの朝食」はぜひ読んでおきたい!

「デットアイディック」については、こちらをどうぞ!

人生にご用心! / 「デッドアイ・ディック」 - ブーフーとブールーのあいだ

 

「チャンピョンたちの朝食」はヴォネガットの小説を楽しむためには欠かせない一冊ですね。

 

 

なぜ、ドウエイン・フーバーは?


なぜ、ドウエイン・フーバーは物語に登場するところからすでに発狂する一歩手前であったのでしょうか?


物語によれば、「ドウエインの狂気の始まりは、いうまでもなく、おもに化学物質の関係だった。ドウエイン・フーヴァーの体が作り出すある種の化学物質が、彼の心のバランスを崩していたのだ。」とあります。ヴォネガットの作品の中では「化学物質」という言葉がキーワード的に時々でてきますが、これだけではなぜドウエインがすでに発狂寸前であったのかがわかったようでわからない。そういわれればそうなのかもしれませんね。

そこで、もう少し物語の文脈の中で考えてみますと、その理由は、ドウエインの家庭環境によるものかもしれません(具体的には小説を読むべし!)。あるいは、彼を「べらぼうに羽振りがよい」と言わしめているたくさんのものをもっている重圧によるものかもしれません。ポンティアック販売代理店の経営においてはなんだか風通しのよい会社づくりをしている様子が窺えますが、仕事のプレッシャーからかもしれません。と、いろいろと想像ができたりします(こうやっていろいろ考えたり想像したりするのも読書の楽しみではないでしょうか)。

いやいや、まったくそんなのではなく、物語の展開的に、あらかじめドウエインは発狂寸前という設定にしておくほうが、アート・フェスティバルでキルゴア・トラウトと出会い、トラウトの作品を読むことによって、まるっきり人間が変わってしまうというプロットが作りやすかったという理由だけからかもしれません。が、やっぱりそれだけではないと思います。そこには自由主義社会のなかにおいてドウエインのような「べらぼうに羽振りのよい」人は、ヴォネガット的には発狂する一歩手前な状況と見えているのかもしれません。久々に読み返してみますと、そんなことを感じた読後感でした。またしばらく経ってから読むと違った読後感になるかもしれません。

 

チャンピオンたちの朝食 (ハヤカワ文庫SF)
 

 何度読んでも楽しい小説です!