壊れた冷蔵庫を買い替える余裕なんてない状態はメンタル的にもキツイ
やっぱりなんだかんだ言ってお金の心配なしに生きていきたいものです。
今あるお金の範囲でできる生活をしよう、ミニマリスト的な暮らしをしようという考えも必要であり、実際そういう考えで自分で自分を言い聞かせていた。だが、お金がないことによる心配事はそれでは消せない。
いま何とかやっていけているが、もし冷蔵庫が壊れたら、もし水道が壊れたら、もしメガネが壊れたら、もし僕が入院したら、もうアウトである。手も足もでない。
そんな不安を払拭するためにはお金を貯めておく必要があるし、貯めれるだけの収入を得なければならない。
よく年収300万円の人が100万円貯めたとかあるけれども、実際マイナス収支のやりくりのなかでは無理な話だ。まずはマイナス埋めなければって話。
そのためにはやはり収入を増やさないといけない。
そうがむしゃらに稼いでいかねばならないし、それがいまだってこと。
今日、そんなことに気づいた。気づいたというより自分でそう決めた。がむしゃらに稼いでやろうって。
そこで、一発逆転をねらってやろうなんてことはしない。僕も人生でいろいろ勉強したからね。
そう、これまでも稼ぎたい、収入を増やしたいという思いはあったし、その思いゆえに数々の失敗を繰り返してきました。
そのとき僕は周りの人をねたんでいました。
人を見ては、ろくなお金の使い方をしてないなってなぐあいで腐っていました。
でも、今日はそんな人を見ても、「いいね、稼いじゃってるね」というその稼ぎに「いいね」評価をするようになりました。
その人がほんとうに稼いでいるかどうかなんて知りません。
使えるお金があるってことはいいことだよねってこと。だからみんなで稼いでいこうという思考です。
お金がなく気持ちもふさぎがちな状態よりぜったいお金があるほうがメンタル良いに決まっている。
もちろんそんなことない、という声もあるのはわかる。
お金があればすべて解決するわけではないってこともね。
今、僕はWEBライターとして収入を得ようと取り組んでいます。実績獲得目的の格安案件をこなしているところ。そう、これが心折れそうなところから始まったわけです。今日の思考の変化は。がむしゃらに取り組んでいこうってことで今は自分と折り合いがついています。。
果たして、3か月後にはどうなっているのでしょうか。
つづく
マジで僕は感謝の心が足りない(自戒の念をこめて)
「ふたりして大きな病気もせず生きてこれてるんだから、もっとがんばらないとね。」
今朝、妻がなにげに言った言葉であるが、たしかに「それな!」って感じた僕の話です。
そして結論は、この言葉をきっかけにして感謝を感じたってこと。
逆に言うと、僕はどうも感謝の心が足りてないってこと痛感させられました。
以前にもこんな記事を書いて「感謝を知る」ことの大切さに感じ入ったはずなのに、その後ぜんぜん感謝してないじゃんってね。
よく日々の生活を振り返り感謝しなさい、とか、
成功している人は日々の生活に感謝できる、なんてことを1度は聞いた事があると思います。
感謝日記を書きなさい! みたいな感じで。
たとえば、今日はAさんが僕にコーヒーを飲みにいかないかと誘ってくれた、感謝。
どんなささいなことでも感謝しなさいってね。
僕も1日を振り返り、感謝をするってことをやってみたことがありました。
でも、続かない。
出来事すべてに対して感謝、感謝、っていう捉え方をしようとしていましたが、実際には自分の中では感謝していないなって感じだったから。
朝、目が覚めた、今日も新しい1日が始まる、感謝
会社に着いた途端、取引先からクレームの電話を受けた、感謝
上司に小言を言われた。僕のことをかまってくれている、感謝
ちょっと意地悪な書き方かもしれませんが、感謝って言っておきながら全然これ本心から感謝なんてできやしない。
★★★
さて、今朝の妻の一言に戻ります。
「ふたりして大きな病気もせず生きてこれてるんだから、もっとがんばらないとね。」
たしかに、「それな!」(今風に言うとこんな感じかな)
この言葉で妻が言いたかったことは、ちゃんと働け!ってことなんだけどね。
僕があまりにも仕事にいきたくない顔をしていたから。
それは置いておいて、妻の言葉を聞いて僕の頭の中ではどんな思いがよぎったかというと
僕が病気にかかって仕事が出来ない状況だったらどうなっていただろう。
妻が病気にかかっていたとしても、妻の面倒をみながら僕は仕事ができるであろうか。
まさに仕事に行ける健康状態であること、これマジ感謝じゃね。
素直に感謝の気持ちがめばえたのであります。
感謝の気持ちがめばえると今度はなんでも人のせいにしている自分にも気づかされました。
仕事がうまく行かないのは、上司の伝え方が悪いからだ、なんて思ってましたから。
ここで感じとった教訓があります。
ものごとには必ず2つ以上の側面があるってこと。だから視野を広げて物事を見ろってこと。
仕事がうまく行かないことを人のせいにしていた、そんなモノの見方しかできなかった僕は、健康で仕事に行ける体を持っていることにまったくってもって気づいていなかったわけであります。視野が狭い状態でした。でも、今日妻の一言で健康であることにあらためて気づいた。
これが「感謝を知る」ってことなんだね。
ちなみに「感謝を知る」ってことを書いた記事がこちらです。もし興味あれば。
そんな1日にマジ感謝。
おわり。
「あなたってほんと気が利かないよね」なんて言われたら普通にへこむけど、、
「あなたってほんと気が利かないよね」なんて言葉を僕は言われたりする。
こんな風に言われたら、イラっとくるし、なんだったら全否定されているようで普通にへこむ。
もしくは、
「そんなお前は自分が気が利くとも思っているのか。さっきのような言い方をして相手をへこませてる時点でお前も気が利かねえんじゃねえか」って妄想したりして、心を不安定極まりない状態にさせてしまうこともままある。
とはいえ、振り返ると自分でも気が利いてないなって実際に感じたりすることもあり、そんな場合にはどちらかというと「気が利かないよね」という言葉は図星な部分もあって、だから余計にイラっとするし落ち込んだりしています。
いずれにせよ、言われたくないよね。
だったら気が利く人になればいいじゃん。
というわけで「気が利く人」になるためにググってみました。
1
ひとつめに読んだ記事がこちら、
「気が利く人が自然とやっている7つの共通する特徴」
https://style-knowledge.com/kigakikuhito1/
「気が利く人は意識せずとも相手のことをよく見ているものです
ほぼ相手優先の考え方と思って間違いないでしょう。」
自分のことばかり考えていたら気が利く人になれません。
逆に言うと、気が利かないねって言われる人は自分のことばかり考えていませんか。
たとえば、「自分がもっとよく見られたい」、これ、自分のことばかり考えている状態の代表格ですね。
僕は正直こんな風に自分のことを考えてる時があります。無意識のうちにね。
あるいは僕は「自分は傷つきたくない」って感じている時もある。こう思ってるときは自分の行動が消極的になっている。そりゃ気が利かないよね。だって行動することから遠く離れているんだから。
「自分がもっとよくみられたい」、「自分は傷つきたくない」っていうのはきっと変なプライドなんだろうな。
この記事から、もうひとつ引用しよう。
「先のことに気を配れるという事は、何より自分自身が気持ちの余裕を持って相手に接することが出来ないと難しいでしょう。」
「いつも切羽詰っていて余裕がない状態では、相手に気を使うことなんてできません。」
自分の心の状態がとても大切だってことだね。
気持ちに余裕ないときが多い僕は気が利かないっていうのも筋が通る話だ。
こんなことに筋が通ってほしくはありませんが。
2
ふたつめに読んだ記事はこちら、
「気が利く人」に共通する7つの特徴
https://tabi-labo.com/220714/sensible-ppl-chara
「些細なことでも人が面倒くさい、嫌だなと思うことを率先してやります。」
なるほど、これはすぐに実践できるかもしれないぞってことで参考になる。
そもそも、人が面倒くさいってことは自分にとっても面倒くさいし、だれかがやってくれるだろうって思ったりするともうアウトってこと。
僕、これ、完全にアウトだよ。
でも、考えを変えれば自分が面倒くさいって思ったことをやればよいんじゃね。ってことだね。
3
3つめはこちらの記事、
【気が利く】ってどういうこと?特徴と自分が「気が利く人」になる方法を伝授
https://domani.shogakukan.co.jp/287774
「相手に手を貸そうとする行為でも、好意の押し付けでは気が利く人とはいえません。相手が必要としていないのにサポートしようとすると、逆に気を遣わせてしまうことになり、単なる自己満足になってしまいます。」
「相手の気持ちを考えない言動は、気が利くどころか「迷惑」になる可能性があるのです。」
「自分本位の考えでアドバイスや手助けをしようとしても、気が利く人にはなれません。」
なんか痛いこと言われている気がします。
ここで言わんとすることの本質は、自分のことしか考えてないでしょってことだね。
4
4つめに読んだ記事はこれ、
気が利く人の7つの共通点
「気が利くかどうかは、相手のことを知ろうとする意欲があるのか、また相手を知る洞察力にたけているかどうか次第です。」
「「私はもともと気が利かないから」という人は、相手のことを本当に知ろうとしていないことが多いです。」
自分のことばかり考えている人から卒業して気が利く人になるにはどうしたらよいのか。
相手のことを知ろうとすること、至極まっとうなことであり、最終回答だったりします。気が利かない人はあらためてこのことを肝に銘じて実践しようとしないといけない。これ自分に言い聞かせているからね。
5
最後に読んだのはこんな記事
「気が利く男性はモテる!女性に好かれる理由と気が利かない男との違いを解説」
この記事に書いてある「女性から見て、気が利く男性と思われる」ポイントが15個説明されていて、どれも難しいことではなくすぐにできることばかり。だからこの15ポイントさえ実践できればあなたもモテる男に変身できる、そんな魅力的な記事ですよ。大学生の時にこの記事読みたかったなぁ。
「困っている人に気づいているのに、「めんどくさいから」と見て見ぬふりをしてしまう男性は要注意。周囲から「気が利かない」「冷たい」なんて思われている可能性大ですよ。」
ここでも書いてあるじゃないか。
「めんどくさいから」って見て見ぬふりしてたらダメだってこと。
「面倒くさい」っておもったら、それがやるべきことだってことだよね。
まとめ
①相手のことをよく見る、
②自分のことを良く見せたいという欲は百害あって一利なし
③面倒くさいことがやるべきことのサインだ。
③は率先してやろうという意識があればできるであろう。
さっきも食事の後片付けをしたばかりだ(普段はやらないんだけど、面倒くさいから)。
やればできる、小さな行動の積み重ね。
①の相手のことをよく見てみよう。まずはそこから。
いちばんやっかいなのは②のいわゆる食えないプライドをどう処理すべきか。①と③を実践していくなかで変化していくのではないかなって思うようにして、気が利くための試練の旅に出たいと思います。
おわり。
1000文字書くのに8時間もかかったって話
「ひゃ~、これはまいったな」
「うわ~、これで1日休みがつぶれてしまったじゃん」
フリーランスのWebライターになりたい、なんて宣言をしました僕ですが、1000文字書くのになんと8時間もかかってしまいました。
さて、今日は仕事が休みということで、クラウドワークスで受注したライティング案件に取り組みました。
朝は9時からスタートいたしまして、当初の予定では12時に終わる予定。
1000文字程度であれば3時間あれば大丈夫だろう、と。
プロの方からすると1000文字程度なんてあっという間かもしれませんが、いちおう「多めに見繕って」3時間の予定を立てました。
案件も2件目ということで、高をくくっていたのもあります。
が、実際に終わったのはなんと18時でした。
他にも、あんなことやこんなこと、せっかくの休みなのでやりたかったのに、全然できなかった。
「つかれた~」の一言です。
何につまずいていたのか、といいますと、
指示されているテーマがあり、そのテーマに関連した書く材料的なモノは調べて集めてみたものの、何を主眼として言いたいことなのか、これがなかなか明確にできなかった。
いちおう書いてみるのだが、何を言いたいのかが自分でも分かっていないから、書いたところで何を言いたいのかまったくわからない文章になってしまう。
「この文章でいったい何を言いたいのだ、俺は。」
なんとなくぼんやりと頭に浮かぶのだが、それを言葉にすることができない、この点に1番もどかしさを感じ、時間がかかったのであります。
ただでさえ少ない脳みそグイングイン回転させるが、ぼんやりと頭に浮かんでいることを言葉にできない。
ここがクリアできればもっともっと早くサクッと書けると思う。書く前にしっかりと主眼は何なのか、何を言いたいのか、ここをまずは明確にすること、いわばゴールを明確にして書く、そんな練習をしていかないといけない、と決意をあらたにするのでありました。(ここがこの記事の主眼です)
おわり
「目標を立てるのに遅いって事はないよ。」のアンサーリンク
僕の「カート・ヴォネガット」コレクション
今週のお題「わたしのコレクション」
カート・ヴォネガット、1922年11月11日に生まれ、 2007年4月11日に亡くなったアメリカの小説家です。7作目まではカート・ヴォネガット・ジュニアという名で小説を発表していました。
カート・ヴォネガットは長編作品を14作発表しています。日本ではハヤカワ文庫(SF)で読むことができます。
僕のコレクションは、ハヤカワ文庫(SF)から出たカート・ヴォネガットの小説14冊です。
僕のカート・ヴォネガット体験は、高校3年生のときに読んだ「スローターハウス5」から始まりました。続いて読んだのが、「タイタンの妖女」、「猫のゆりかご」。作品を読むごとにカート・ヴォネガットへの熱があつくなり、ヴォネガットに出会ってからすでに30年経った今でも僕はことあるごとにカート・ヴォネガットを読み続けています。
このブログも、カート・ヴォネガットについて書き尽くしていこうという思いではじめたブログです(ぜんぜん書き尽くされていませんが)。
と、いきなりテンション高めでカート・ヴォネガットって言っているけど、そもそもどんな人なのかわからないよ、ていう方はまずこちらの記事をご覧ください。
さて、カート・ヴォネガットは第二次世界大戦という戦争を経験します。
彼は、アメリカ兵としてヨーロッパ戦線に従軍していましたが、ドイツの捕虜として捕らわれドレスデンという町にある捕虜収容所に連れて行かれました。そこで、彼は英米連合軍によるドレスデン無差別爆撃を経験します。この爆撃によってドレスデンの町は壊滅します。ヴォネガットは連れて行かれた捕虜収容所がたまたま地下にあった施設であったことからこの爆撃を生き延びます。
このときの経験をメインモチーフにした小説が「スローターハウス5」です。
少しばかり、この小説から引用してみましょう。
わたしは、無意味な殺戮が時の始まりから続いている惑星に生まれました。わたし自身、たくさんの女生徒が給水塔のなかで生きたままゆでられ、死んだのを見ていますが、それはわたしの同国人ー悪と戦っていることを誇りにしていた人々の手で、行われたものなのです
これは主人公がトラルファマドール星人(!?)に地球のことを説明するくだりで、ドレスデン爆撃のことを例としてあげながら語っている内容です。「同国人」とはヴォネガットと同じアメリカ人のことです。
ヴォネガットがドレスデンで経験したことも、同じアメリカ人による爆撃でした。
ヴォネガットは、同じアメリカ人による爆撃攻撃を受けるという経験をしました。
ヴォネガットは、同じアメリカ人による爆撃によって多くの人が死んでいった結果を目の当たりにしました。
ヴォネガットは想像を絶するような経験をしたと思います。
ちなみにヴォネガットはアメリカを悪として捉えているわけではないですが、皮肉ってはいます。っていうか人間を皮肉っています。でも人間を愛しています。そんな作家です。
シニカルでユーモアもあって、それでいてヒューマニスト。それがヴォネガット。
トラルファマドール星人という宇宙人がでてきます。この宇宙人の姿がこれまた滑稽、これはぜひ物語を読んでください。
★★★
さて、いまウクライナで戦争が起こっています。
数々の悲劇が生まれています。
戦争を引き起こした国による事実がねじ曲げられている様子もうかがえます。
これまでの戦争で生じてきたことがまた繰り返されている。
悲しいかな、今こそカート・ヴォネガットの小説を読み返す時がきたのではないだろうか。そんな思いが強まり、こんな記事を書いてみました。
おわり。
この記事で紹介した本はこちらです。
それ80年以上も前に山本が言ってたよ(人材育成愚痴話)
「採用しては人が辞めていくっていうのをどうにかしたい」に山本さんが80年以上も前に答えてくれていたって話。
会社というのは、人がいないと成り立たないわけであって、採用しては人が辞めていく会社というのは誰得?っていうことに人は気づかないのだろうか(愚痴)。
いきなり愚痴ってしまいましたが、そんな愚痴を頭の中でぐるぐる妄想していましたら山本さんの名言が思い出されたので、何かそれらしきこと(教訓めいたこと)が書けるかと思い書いてみました。
山本さんとは、山本五十六(やまもといそろく)さんのことです。第二次世界大戦時の海軍大将だった人です。
さて、前置きはこれぐらいにして、愚痴話の続きをお話ししましょう。
人を育てる。会社が発展していくためには欠かせないこと。たとえば、基本的なことが出来ていないときは指導しなければいけない。ただ、そこで余計な一言を付け加える人が後を絶ちません。この余計な一言っていうのは必要ないからね。余計な一言っていうのはたいてい相手を否定する言葉だ。そんな一言は百害あって一利なし。というか、害しかない。もう一度言う。余計な一言っていらないからね。
「前にも言ったでしょう」
「こんなこと、うちの娘でもできる」
「おまえ居る意味ある?」
うわ~、こんな言葉投げられたらへこむよね。
イラッとするし、腹が立つ(むかつく)。
落ち込む~。
余計な一言を言われた相手は、おおかたこんな反応をする。まあ、少なくとも僕はこんな反応をする。
そうなると、もはや注意された内容なんて一切入ってこない。
次は同じ間違いをしないようにこうしてああしてこういう段取りをしていこうって冷静に反省できるかって言われたら、そりゃ無理だ。だって、へこんだり、むかついたり、落ち込んだりといった感情があまりにも大きいから、冷静になれる余地なんてありゃしない。
そんなもんだから、次もまた同じようなへまをやっちまう。
そうすると、もれなく余計な一言付きの指導を頂戴する。
以下、その繰り返し。
では、どうすりゃいいかって?
「ここは、こうすりゃいいんだよ」ってだけ伝えるだけでいいんだ。
そして次がとても大切。それが出来たときには、それがどんなに当たり前のことであっても出来ているって事を承認してあげるとよい。そうすれば相手は小さいながらも自信にもつながるし、その行動がしっかりと定着してくるからね。
だから、トレーナー役の人の役割って大切だ。その人ができるようになるためには、相手のやる気にだけ頼ってはダメです。
トレーナー役の人が見てあげて、出来ていることを承認してあげて、自信を1つ1つつけてあげるというトレーナーの役割がないと育ちません。
その人のやる気だけで一人前になってもらおうとするから成果が出ないのである。
こうしたことを80年以上も前に言っていた人がいた。
山本五十六である。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」
軍隊と言えば体罰当たり前のスパルタ教育の権化みたいなところであるが、その総大将が言った言葉である。軍隊という組織はつまりは人を育てなければ強くはならないわけであって、つまり彼は、人を育てるための大切なことを知っているが故にきっと総大将にまでなれたんだと思います。もちろん、それだけではないでしょうが。
戦争の時代だから軍人を育てていかないといけなかったわけであるが、今の時代に生きていれば山本五十六は人材育成大臣になっていたかもしれない(そんな大臣ないけどね)。
採用しては人が辞めていく会社なんて、山本五十六にとってはありえないのであります。
っていうか、だれにとってもありえないのであります。
おわり。
『会社は無理ゲー』って本を読んで自分の得意なことを見つけたってお話
副業、独立、を考えたとき、まず最初にでてくるのが自分の得意なことをやりましょうというアドバイスだと思いますが、いかがでしょうか。
とは言え、「自分の得意なことってなに?」
これが分からないから困っているんだよね。
そんな問題に終止符を打ってくれた本と出会いましたので、今日はこの本を読んで自分の得意を見つけたお話をしていきます。
著者の堀田さんはこの本の中で、会社勤めが合わない人はいるよって言ってくれてます。こう言ってくれるだけでも、会社勤めが嫌な僕にとっては心がラクになります。
自分は会社員に向いているのかいないのか悩んでいる方もいらっしゃると思います。そういった方のために、本書では「会社員に向かない人の特徴」を10項目あげています。ここであなたが会社員に向いているか向いていないかチェックしながら考えることができます。
とは言え、俺は会社員に向いているっている人が、『会社は無理ゲー』なんてタイトルがついている本なんてきっと読まないと思いますが、、、。
ただ、会社員に向いていないからといって落ち込む必要は全然ありません。
著者が言うには、『「会社員」と「独立」は、「上下の関係」ではなく、「どちらが合うか、合わないか」といった、ある種「並列の選択肢」にすぎ』ないってことだからです。
そうは言っても「独立」というのは不安ですよね。
こうした不安にも著者はこの本で答えてくれています。
「独立」を選択した場合にでてくるであろう問題、「仕事」、「お金」、「時間」、「人間関係」、「メンタル」について、著者自身の経験を元にあらかじめ知ることができるっていうのがこの本のいいところです。
まさに「先達はあらまほしき事なり」的な本です。
細かいことでも、人よりちょっとできることっていうのが得意なことにつながるという話
さて、「独立」するとして、どんな仕事をしていこうか、という問題があらわれます。
筆者の答えはこうです。
「私は、この「得意」と「好き」と「貢献」の3つが重なる仕事をすることが、「独立」を成功させ、楽しく、長続きさせるコツだと、独立して15年経ったいま、しみじみと実感しています。」
「得意」、「好き」、「貢献」、この3つのワードは独立を考えようとしたときには必ずでてくるキーワードですね。
何か副業をしようと考えるときにも出てくる。
でも、冒頭で述べたとおり、「自分の得意なことってなに?」ってことが問題が必ず浮かび上がってきます。
よくあるのが、時間を忘れて夢中になったこと、人からすごいねっていわれたこと、などが自分の得意なことにあてはまるっていう説明。
僕も、これまで「自分の得意なこと」ってなんだろうってことはいろんな本を読みながらよくよく考えてきましたが、いまひとつしっくりきたためしがありません。
『会社は無理ゲー』本では、得意の探し方をつぎのように教えてくれます。
「得意なことは小さなプロセスで探す」
著者の堀田さんによりますと、僕は営業が得意、マーケティングが得意、、これでは大きすぎると言うんですね。
もっと細分化しなさい、と著者は教えてくれます。
たとえば、営業のなかでも「プレゼン」が得意だ。
「資料作成」が得意だ。
「他者のモチベーションアップ」が得意だ、という具合に。
そしてここでの「得意」は、「絶対的なものではなく、他者と比較したうえでの、相対的なもの」と捉えることが重要であると述べています。
細かいことであっても、人よりちょっとできたりすること、あるいは『同僚や後輩を見て「なんでこんなこともできないの?」』という捉え方をすると、何か自分でも得意なことがありそうだと思いませんか。
「自分の得意なもの」探しをしていたら日本経済を救いたいという気持ちにまでなった。
ここまで読んできた僕は、こんなことに気づきました。
教え方、人の育て方が下手な人がほんと多いよねってことに。
僕は、レストランで仕事をしています。
ブラックだ、いつも人が足りない、なんて言われる飲食業界です。
人が足りていないというのは、僕が勤めているお店でも当てはまっています。
もちろん、人不足問題なんてないお店もありますよね。
そのお店で働きたいって人が多くて募集もめったに出ず、そこで働いている人も希望通りのシフトに入れないっていうお店のお話も聞いたことがあります。うらやましい。
僕が勤めてきた会社には、段取り悪かったり、ちゃんと出来ていなかったり、間違ったことをしてしまったときだけダメ出しをし、出来ているときには何一つ声をかけない、そんな店長、社員、先輩がたくさんいます。
できていることに対してもっと褒めてやろうよ。承認してやろうよ。
そうすれば、あっ、なるほどこうすれば良いんだなって思ってくれるし、次も同じ行動をしてくれる。それをまた承認してあげる。その繰り返しで自信をつけてもらう。
僕は、いつもそんなことを思ってスタッフさんに声をかけています。
そして、店長を任されていたときにはこうしてスタッフさんを増やしてきました。
こうして考えてみると、
あれっ、これってもしかしたら僕の得意なことなんじゃね。
新人スタッフさんに対して、ダメ出し、注意ばかりして、飲食業界のブラック度合いを深めている人が多い中で、僕は、人ができていることに対して承認をしてあげたり、いいいねって言ってあげることができる。
人を育てる場面において、承認すること、褒めること、が他の人より僕はできる。
ってことは、それが得意なことだ。
この得意なことを広げることができれば、
もうお店に行きたくなくなっているバイトの子に、バイトに行きたいって思わせることができると思うし、
会社が怖くてもう行きたくないという悩みを減らして、会社に行きたいっていう気持ちを増やしていけるかもしれないし、
採用しては辞められ、採用しては辞められ、といった不経済から脱却できれば、飲食経営に間違いなくプラスになるし、ひいては日本の経済にもプラスになると思う。
褒める、承認する、ってことはこんな大きなことにもつながるのではないだろうか。
褒める、承認するってことが人々に定着し、嫌な思いをせずにみなが仕事ができる、そんな社会を作っていくことを仕事にしていきたいと閃きました。
こんな感じで、
僕は『会社は無理ゲー』本を読んで自分の得意なことを見つけ、やりたいことまでも見つけてしまいました、というお話でした。
つづく。